おさんぽ日和

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カテゴリ:日々、徒然( 48 )

昨日は啓蟄〜*

昨日は啓蟄(けいちつ)でした。
啓蟄は土の中に冬眠していた虫たちもおきて活動し始める時期のことをいいます。明治まで日本で使っていた太陽太陰暦は月の満ち欠けに合わせ、春夏秋冬それぞれの季節を6つに分けた24つの季節(二十四節気、立春や立冬、春分や秋分、夏至や冬至もその気の呼び名ですね。)に合わせて種まきの時期、田植えの時期、収穫の時期を行っていたという農家暦です。
詳しくは一つの気をさらに3等分して5日ごとに刻んだ七十二候があります。中国で紀元前に作られ日本に伝えられたこの暦は自然の営みが深く反映されていて、私たちの体内に宿る時間軸に寄り添っているそんな感じがとってもする暦です。長い間、この暦で暮らしてきた自分に受け継がれているご先祖さまのDNAがきっと心地いいのかな。今年はこの暦を作ってみたいなぁ。
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チューリップの花をいただきました。家の中も春らしい。

3月はまたまた円山クラス2階でイラストレーター、クリエーターの方々と楽しいショップイベントを開催します。18日から22日までの5日間です。私はきっと日月と会場にいるかもしれません。モモ柄のポストカードや食器などなどがたくさん並びます。おくりものに新生活にいいものが他にもたくさん並びます。
また近くなったら告知しますが、皆さんぜひ、いらしてください〜**

<お知らせ>
コメント欄ですがこのごろ迷惑メールのようなものがコメント欄に登場して、ビックリしています。マメじゃない私は何日もチェックできない日もあり、せっかく来てくださった皆様にも嫌な気持ちにさせてはしまうのではと、コメントを承認制にしました。承認までに時間がかかってしまいますが、気軽にコメントしてくださいね。

これを書いている最中に、台湾語(中文語)訳になった『パン付きの毎日』が送られてきました。手書きの所がたくさんの本ですがちゃんと訳してあって楽しい。
詳しくは次のブログで。
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by osanpobiyori_momo | 2010-03-07 12:40 | 日々、徒然 | Comments(2)

3月だぁ〜〜!

ようやく、ちょっとだけ空き時間。
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更新できないでいるうちに、先のブログで紹介したさやちゃんの募金も目標額に達し、来月渡米すると聞き、ほんとうによかった。
そしてさまざまな感動を与えてくれたバンクーバーオリンピックも閉会し、カーリングに興味津々な今日この頃。なんといっても他の競技より、競技年齢が高いのが気に入った私。おばさんでもできるではと、石を投げる?(おく?)まねをしてみたが股関節の硬さに愕然とする。(笑)

上のモノクロ写真、取材先でモノクロモードでパチり。

静謐な感じがでていてとってもお気に入り。
暇を見つけて昔のマニュアルカメラでモノクロ写真を撮りたいなぁ。と、(学生のときの写真の授業のように)まぁ、暇を見つけるのが至難の業なので、まずはデジカメモノクロモードでいろいろとってみよう。

さて今日はこれから確定申告を提出しに税務署へ。
e-TAXにしたいけれど、なんとバージョンがあわず・・・・
来年までになんとかしよう。

日々、つれづれ、時間切れです。
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by osanpobiyori_momo | 2010-03-01 14:43 | 日々、徒然 | Comments(2)

素敵なお客様♪その2

年を越してしまいましたが、書き留めておきたいので1のつづきを。というか、ほんとうならば次の日にUPの予定が、いろいろなんだかんだでここまで引っ張ってしまいました。もう、ほんと面目ない。
1でお話ししたように、姫路に暮らす版画家さんの岩田健三郎さんと奥様で川のほとり美術館の館長さんの美樹さんのお二人が来道してくださったときの最終日のことです。
前日の交流会の余韻は次の日も続いていたので、9時半に待ち合わせた三越前でワクワクして待っていました。岩田ご夫妻と湯浅優子さんと待ち合わせです。健三郎さんが私の本「さっぽろおさんぽ日和」を見て、市電に乗ってみたいとおっしゃったので4人で市電に乗り、どこに行こうかと迷いつつ、ロープウェイを目指すことに。
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電車を撮影中の岩田夫妻。私の写真が青白い・・・カメラを最近新しくしたせいで、有能なカメラを使いこなせていない私です。とほほ。
さて、電車に乗り、話しに花が咲きます。電車の速度はいつ乗っても心地よくって、楽しい。ずっと昔少しだけ市電界隈に住んでいた頃もあり、乗るたびに友人と暮らしていたぼろかったアパートが思い出されます。
ロープウエイで下車し、ロープウエイに向かって歩きます。雪は降っていなかったものの寒いし、少し急な坂道が続きます。つるつるの雪道になれていないお二人は雪道を堪能?されたと思いますが、ロープウエイの麓で、このままロープウエイに乗るか?それとも旧小熊邸というカフェでコーヒーを飲むかと聞いた所、健三郎さんが「どっちかといえばコーヒー」とおっしゃるので旧小熊邸へ。
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ここはもともと円山にあった北大の教授のお家です。この建築物はあの帝国ホテルの建築で有名なフランクロイドさんの弟子、田上義也さんが建てたロイド建築に影響された貴重な建築物です。それを保存しようと市民団体が立ち上がり、それも保存するだけでなく有効活用しようと喫茶店にした訳です。保存にあたりさまざまな復元作業が行われましたが、そのうちの入ってすぐの小部屋の高窓にアイリスの絵ガラスがあります。その絵の復元をモモがお手伝いさせてもらいました。そんな縁で、私とはゆかりの深いところでもあるので岩田ご夫妻と優子さんをお連れしました。しばし、コーヒーを飲んで一服です。
その後、時間がなくなってきたこともあり、タクシーで狸小路へ。健三郎さんが本屋さんへということで伺おうと思ったお店がまだ開いていなくて、残念。狸小路の6丁目のしもくらでお昼を食べる予定だったので狸小路をぶらぶら。老舗の宮文により調理器具などをみていましたらそこには彫刻刀も。そうか、彫刻刀も刃物なんだとあらためて思いつつ、ふとみると健三郎さんが真剣に選んでいる姿がありました。版画家さんです。1本選び購入されていました。いつかそれを使って作品ができるのでしょうか?いつか見に行きたいなぁ〜
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狸小路市場の魚屋さんしもくらの直営店のお寿司やさん「しもくら」でいただいた海鮮丼。ネタが新鮮なのでうれしい。美味しくいただきました。
その後は3時の飛行機に乗るべく、手を振りながら駅でお別れ。「素敵」ということはどうゆうことなのかあらためてご夫妻を見て考えた私です。センスがいいとか、服がしゃれてるとかそれもあるけれどそれだけでない、質の良さ、それも人間の質の良さ。そんな課題?を残した帰って行かれたご夫妻との出会いは昨年の大きな出来事でした。

美樹さんが電車の中で「いつか美術館で北海道展をするときにモモさんの展覧会もするといいわよ。」とおっしゃってくださいました。えぇ〜〜私ごときがいいのでしょうか?とおもいつつ、うれしさの方が勝って「ぜひ、やりたいです!」なんて言った私。実現できるといいな。と言う前にまずは展示できる作品を作りなさい。ですね。よし、がんばろう♪
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by osanpobiyori_momo | 2010-01-07 12:39 | 日々、徒然 | Comments(2)

2010年寅年、年女です♪

お正月も3日を過ぎほぼ今日から仕事始めです。
喪中ゆえ、新年の挨拶ができませんが、昨年中は本当にたくさんの方々にお世話になり、ありがとうございました。振り返ればあっと言う間の1年でしたが、非常に中身のつまった1年でした。何と言っても2冊の本の出版に恵まれたのは、自分でもおどろきでした。支えてくださった皆様のお陰と感謝です。そして、たくさんの出会いがありました。きっと今までの人生に置いてもたくさんの出会いが流れるようにあったのだと思います。通りすぎて行くことの多さに、何も感じていなかった(感じることができなかった?)自分がいたのですが(それは若さだったのか?幼さ?だったのか??)ようやくここ数年、人と関わることの面白さに気がついたような気がします。この気づきを大切にしたいと心から感じた年末年始でした。
器に例えるときっと今までは小さなおちょこだったのかもしれません。少しずつ粘土を盛って焼きしめられながら今はお茶碗程度にはなったのでしょうか?いつかどんぶりに、大皿になれる日が来るのでしょうか?そしてその器に盛るお料理が、美味しくって、新鮮で身体に良い物であるように、今年も日々精進しつつ大事に過ごして行きたいなと、これが今年の1年の計として書き留めておこう。

なんてったて、年女です。
寅年なんですね。母も祖母も同じ寅年。まぁ、働き者です。自分で言うのも変だけど。じっとしてるのが苦手というか、常に動いる人たちです。(さすがに祖母は他界していますが)私もそんな母、祖母にあやかって、今年もたくさん仕事しよう〜*というかお仕事、待ってま〜す♪

蛇足の蛇足・・・・
いつも思うことがある。いつでも目の前の道はいくつかの分かれていて、どこを選ぶかは自分次第なのだということ。どの道を選ぶのかは自分次第で、そこに生まれる様々ないいことも悲しみもつらさも自分の物で、それが自分のなかに降り積もって肥やしになって行くのです。
それと同時に選ぶことのできる環境に生きることができて、幸せなのだということ。今日のご飯を考えられる幸せ、着る服があることの幸せ、当たり前と見過ごしがちだけど、気がついて良かったと思えたことも幸せなんだと思うのです。
自分が選ぶ様々な物、事の先につながっているあらゆることに意識を向けて、自分ができること、選ぶ道の先にたくさんの人たちとの笑顔を感じられるような、道を歩きたいなと思っています。
その道はきっとぺんぺん草が生えていて、舗装はされてなくって、たまには土ぼこりが舞い上がっていて、道の土手の水たまりにはオタマジャクシが泳いでいて、たんぽぽやつめくさが生えていて、道草をおもいきり喰えるえるような道がいいなぁ〜(・・というかこれって私の小学校時代の原風景のまま(笑))

今年も、ゆっくり(slow)、シンプルに(simple)、小さく自分の歩幅で(smoll)、笑顔で(smile)の4つのSをキーワードに、大変な年にもなりそうで涙がでることもありそうですが2010年をてくてく歩いて行きたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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by osanpobiyori_momo | 2010-01-04 10:32 | 日々、徒然 | Comments(2)

素敵なお客様♪その1

10月末に行った横浜でのSlow Foodイベントで出会った、スローフード播磨の岩田さん。版画家さんですごく素敵な方でした。お会いしたときに「今度北海道に遊びにきてください」とみんなでお誘いした所、それが現実に!14〜17日の3泊4日で姫路から来てくださいました。私がお会いしたのは札幌入りした16日からでしたが、素敵な人と同じ志をもった方々との交流はとっても楽しくってその場にいる幸せを感じます。
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スロー仲間であり、エゾシカ協会の事務局長さんのお宅で気兼ねない交流会。地の物を地の人がという依、食、住に着いて活動されている岩田さんご夫妻を、北海道の地の物でもてなしたかったこともありもちろんエゾシカのローストがメインディッシュでしかと野菜のスープ(みんなが大絶賛、美味しかった♪)、瀬棚から漁師の船長が持ってきてくださった、たこはカルパッチョ仕立てで、いろいろな味のイカめしとローズマリー風味の鳥羽やほっけの一夜干しを薪火であぶっていただきました。また、旭川のメンバーのレラさん「大雪なたまご」を送ってくださったので、Aさんがおおきな出汁巻き卵にしてくださいました。野菜の料理はお粗末ながらモモが、北海道の豆のマリネ(といいつつひよこ豆も入ってましたが)とひじきの根菜煮物、和寒のカボチャのクリームチーズ和え、大根のそぼろ煮、北海道産小麦のパンとビーツのマリネ、道産クリームチーズを用意しました。
おにぎりを作ったりなんだかんだで時間がなくなり、写真も撮り忘れ。まぁ、いつもそんな感じですね。
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岩田さんの奥様の美樹さんです。姫路で川のほとり美術館(http://www2.memenet.or.jp/maimai/)という私設美術館の館長さんです。フォークアートを紹介しています。もともと、服飾のデザイナーさんだったという美樹さんのセンスはとっても素敵です。
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左側奥に座っていらっしゃる方が岩田健三郎さんです。ほぼ毎日綴られているHPヘラヘラつうしん(http://hera-hera.net/)を読んでは一緒に考えてみたり、勇気をもらったり、じーんとくることもたくさんあって、いろいろなことを教えてもらっています。
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岩田さんがHPで綴られている内容を毎月冊子にして、販売されています。郵送も出来るようなのでぜひ、購読してみてください。関西の(姫路の)方言が心に温かく響き「なんやろぅ、いいなぁ〜」みたいな気分にさせてくれます。
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こちらはさらに季節ごとにまとめられた本です。岩田さんが「食・地の座」の座長として活動していることや、食についての大事などなど、イラストと手書き文で綴られています。

*上記の本を希望される方はHPヘラヘラつうしんより、お申し込みくださいね。

モモも手書き文でイラストの仕事をしているので、岩田健三郎さんの仕事量のすごさ、素晴しさ、手書きの良さにほれぼれしながら自分ももっとがんばろう〜と元気と勇気をもらっています。(勝手に心の師匠にさせていただいています)

そんなお二人を囲んで、食べて飲んで話しをして、ちなみに用意したお酒は「小林酒造の道産米100%のまる田」と蘭越の松原農園の白ワイン、幕別の福田商店から送ってもらった日本酒やワインなどでした。時間はあっという間に過ぎてしまいました。
明日につづく
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by osanpobiyori_momo | 2009-12-19 12:39 | 日々、徒然 | Comments(0)

まるやま市場が閉鎖なんて!

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大ショックです。先日の夕方、まるやま市場が来年の3月に閉鎖されるニュースが・・・一緒に見ていた娘が「あの通りが大好きなのに・・」と市場がなくなることで変わるであろう風景を惜しんでいました。私もまるやま市場にはとってもお世話になっていました。お惣菜屋さんもお魚屋さんも野菜屋さんも本当にたのしくお買い物をさせてもらっています。
そして何より、毎年行っていたまるやま市場主催?の盆おどりがなくなるのだろうか?毎年楽しみだった人はこの近所には多いはず。あ〜〜なんとか存続する方法はなかったのでしょうか?でも、きっと、お店の方々も苦渋の決断をされたのでしょう。
まるやま村だった頃の面影が残る地域の、核のような存在なのでこれからどうなるのかと思うと胸が痛みます。中に入っているお店ができることならば円山地区で再び開業されることを祈りつつ、また跡地にはこの市場があったことで成り立っていた周辺の雰囲気をちゃんと踏襲して、地域に根ざすような建物が建ってくれることを、また土地を活用する側の方が、まるやまのこの地を大事にするような考えで建物を考えてくださることを痛切に願わずに入られません。
地域に根ざした市場がある地域だからこそ、あの温かな雰囲気のある商店街であったと思います。こんな時代だからこそ、対面でお買い物をすることがいいようにも思うのです。失ってからでは遅いですね。来年3月までにまるやま市場でお買い物をなるべくして、微力ながら応援できたらいいなと思っています。(;;)
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by osanpobiyori_momo | 2009-12-08 18:12 | 日々、徒然 | Comments(2)

ガイアの知性〜知ることの大事

この間、TVで象の映像がでていたときに娘が「象って人間と違う知性があるんだよ」と国語の本にでていた「ガイアの知性」という文章が面白かったとたくさん話して教えてくれました。
ネットで探したら、紹介していらっしゃる方がいたので私もご紹介を。
本を探したのでけど、これは教科書のために書き下ろしたそうです。
この文を読んで人間としてたくさん反省し、これからいかに生きて行くべきかを考えてしまいました。大きなことは出来ないけれど、小さな温かな輪をつなげるように「受容的な知性」を磨いて生きて行くことがいいなぁとあらためて。

*今日から3日間は先のブログでのご案内のように円山クラスの7人展の会場に午後3時〜閉店までいます。ご近所までいらっしゃったらぜひ、お立ち寄りください。

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中学校教科書 中学国語2『伝え合う言葉』(教育出版)より 
  
「ガイアの知性」 龍村仁

ここ数年、わたしには鯨と象を撮影する機会がとても多かった。特に意識的に選んだつもリはないのに、結果としてそうなってきた理由を考えてみると、これは、鯨や象と深くつきあっている人たちが皆、人間としてとてもおもしろかったからだ。  

人種も職業も皆それぞれ異なっているのに、彼らには独特の、共通した雰囲気がある。  

彼らは、鯨や象を、自分の知的好奇心の対象とは考えなくなってきている。鯨や象から、なにかとてつもなく大切なものを学び取ろうとしている。そして、鯨や象に対して、畏敬の念さえ抱いているようにみえる。  

人間が、どうして野生の動物に対して畏敬の念まで抱くようになってしまうのだろうか。この、人間に対する興味から、わたしも鯨や象に興味を抱くようになった。そして、自然の中での鯨や象との出会いを重ね、彼らのことを知れば知るほど、わたしもまた、鯨や象に畏敬の念を抱くようになった。 

今では、鯨と象は、わたしたち人類にある重大な示唆を与えるために、あの大きな体で(現在の地球環境では、体が大きければ大きいほど生きるのが難しい。)数千万年もの間この地球に生き続けてきてくれたのでは、とさえ思っている。

大脳新皮質の大きさとその複雑さからみて、鯨と象と人はほぼ対等の精神活動ができる、と考えられる。すなわち、この三種は、地球上で最も高度に進化した「知性」をもった存在だ、ということができる。実際、この三種の誕生からの成長過程はほぼ同じで、あらゆる動物の中で最も遅い。一歳は一歳、二歳は二歳、十五、六歳でほぼ一人前になリ、寿命も六、七十歳から長寿のもので百歳まで生きる。本能だけで生きるのではなく、年長者から生きるためのさまざまな知恵を学ぶために、これだけゆっくリと成長するのだろう。

このような点からみると、鯨と象と人は確かに似ている。しかし、だれの目にも明らかなように、人と他の二種とは何かが決定的に違っている。

現代人の中で、鯨や象が自分たちに匹敵する「知性」をもった存在である、と素直に信じられる人は、まずほとんどいないだろう。それは、我々が、言葉や文字を生み出し、道具や機械をつくリ、交通や通信手段を進歩させ、今やこの地球の全生命の未来を左右できるほどに科学技術を進歩させた、この能力を「知性」だと思いこんでいるからだ。  

これらの点からみれば、自らは何も生産せず、自然が与えてくれるものだけを食べて生き、あとは何もしないでいるようにみえる(実はそうではないのだが)鯨や象が、自分たちと対等の「知性」をもった存在とはとても思えないのは、当然のことである。

しかし、一九六〇年代に人って、さまざまな動機から、鯨や象たちと深いつきあいをするようになった人たちの中から、この「常識」に対する疑問が生まれ始めた。 

鯨や象は、人の「知性」とは全く別種の「知性」をもっているのではないか、あるいは、人の「知性」は、このガイアに存在する大きな「知性」の偏った一面の現れであリ、もう一方の面に鯨や象の「知性」が存在するのではないか、という疑問である。  

この疑問は、最初、水族館に捕らえられたオルカ(シャチ)やイルカに芸を教えようとする調教師や医者や心理学者、その手伝いをした音楽家、鯨の脳に興味をもつ大脳生理学者たちの実体験から生まれた。

 
彼らが異口同音に言う言葉がある。それは、オルカやイルカは決して、ただえさを欲しいがために本能的に芸をしているのではない、ということである。 

彼らは捕らわれの身となった自分の状況を、はっきリ認識している、という、そして、その状況を自ら受け人れると決意した時、初めて、自分とコミュニケーションしようとしている人間、さしあたっては調教師を喜ばせるために、そしてその状況の下で自分自身も、精いっぱい生きることを楽しむために、「芸」と呼ばれることを始めるのだ。水族館でオルカが見せてくれる「芸」のほとんどは、実は人間がオルカに強制的に教えこんだものではない。オルカのほうが、人間が求めていることを正確に理解し、自分のもっている高度な能力を、か弱い人間(調教師)のレベルに合わせて制御し、調整をしながら使っているからこそ可能になる「芸」なのだ。

例えば、体長七メートルもある巨大なオルカが、狭いプールでちっぽけな人間を背ビレにつかまらせたまま猛スピードで泳ぎ、プールの端にくると、合図もないのに自ら細心の注意をはらって人間が落ちないようにスピードを落とし、そのまま人間をプールサイドに立たせてやる。また、水中から、直立姿勢の人間を自分の鼻先に立たせたまま上昇し、その人間を空中に放リ出す際には、その人間が決してプールサイドのコンクリートの上に投げ出されず、再び水中の安全な場所に落下するよう、スピード・高さ・方向などを三次元レベルで調整する。こんなことがはたして、ムチと飴による人間の強制だけでできるだろうか。ましてオルカは水中で生活している七メートルの巨体の持ち主なのだ。 

そこには、人間の強制ではなく、明らかに、オルカ自身の意志と選択がはたらいている。狭いプールに閉じこめられ、本来もっている高度な能力の何万分の一も使えない過酷な状況におかれながらも、自分が「友」として受け人れることを決意した人間を喜ばせ、そして自分自身も生きることを楽しむオルカの「心」があるからこそできることなのだ。

また、こんな話もある。 

人間が彼らに何かを教えようとすると、彼らの理解能力は驚くべき速さだそうだけれども、同時に、彼らもまた人間に何かを教えようとする、というのだ。

フロリダの若い学者が、一頭の雌イルカに名前をつけ、それを発音させようと試みた。イルカと人間では声帯が大きく異なるので、なかなかうまくいかなかった。それでも、少しうまくいったときには、その学者は頭を上下にうんうんと振った。二人(一人と一頭か)の間ではそのしぐさが、互いに了解した、という合図だった。何度も繰リ返しているうちに、学者は、そのイルカが自分の名前とは別の、イルカ語のある音節を同時に繰リ返し発音するのに気がついた。しかしそれが何を意味するのかはわからなかった。そしてある時、はたと気づいた。「彼女はわたしにイルカ語の名前をつけ、それをわたしに発音せよ、と言っているのではないか。」そう思った彼は、必死でその発音を試みた。自分でも少しうまくいったかな、と思った時、なんとその雌イルカは、うんうんと頭を振リ、とてもうれしそうにプールじゅうをはしゃぎまわったというのだ。

象については、こんな話がある。  

アフリカのケニアで、ある自然保護官が象の寿命を調べるため、自然死した象の歯を集めていた。草原で新しく見つけた歯を持ち帰リ倉庫に納めておいたところ、その日から毎晩、巨大な象がやってきて、倉庫のかんぬきを開けようとする。不思議に思ったその保護官は、ある晩、かんぬきを開けたままにしておいた。すると、翌朝、数百個も集められていた歯の中から、その新しく収集した歯だけがなくなっていた。保護官がその歯を捜したところ、その歯はなんと、彼が発見したまさにその場所に戻されていたのだ。毎晩倉庫にやってきた象は、たぶん亡くなった象の肉親だったのだろう。それにしてもその象は、どうやって歯が倉庫にあることを知ったのだろう。数百個もある歯の中から、どうやって肉親の歯を見分けたのたろう。そして最大のなぞは、その象が、なぜ歯を元の場所にわざわざ戻したのだろう、ということだ。 

このように、鯨や象が高度な「知性」をもっていることは、たぶんまちがいない事実だ。

しかし、その「知性」は、科学技術を進歩させてきた人間の「知性」とは大きく違うものだ。人間の「知性」は、自分たちだけの安全と便利さのために自然をコントロールし、意のままに支配しようとする、いわば「攻撃的な知性」だ。この「攻撃的な知性」をあまリにも進歩させてきた結果として人間は環境破壊を起こし、地球全体の生命を危機に陥れている。これに対して、鯨や象のもつ「知性」は、いわば「受容的な知性」とでも呼べるものだ。彼らは、自然をコントロールしようなどとはいっさい思わず、そのかわリ、この自然のもつ無限に多様で複雑な営みを、できるだけ繊細に理解し、それに適応して生きるために、その高度な「知性」を使っている。

だからこそ彼らは、我々人類よりはるか以前から、あの大きな体でこの地球に生きながらえてきたのだ。同じ地球に生まれながら、片面だけの「知性」を異常に進歩させてしまった我々人類は、今、もう一方の「知性」の持ち主である鯨や象たちからさまざまなことを学ぶことによって、真の意味の「ガイアの知性」に進化する必要がある、とわたしは思っている。
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by osanpobiyori_momo | 2009-12-04 10:03 | 日々、徒然 | Comments(2)

さんぽ、餅つき、ほこほこ

小春日和の土曜日、久しぶりに円山公園へ。温かな昼下がり、おさんぽの人たちがいっぱい。私も最近新しくしたカメラを片手にぶらぶら。
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カメラの性能がいいせいか、円山公園がパリのマロニエの並木のように見える。
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紅葉もきれいです。

日曜日は参加している田んぼ作りの恒例のお餅つき。
白石にあるアンの店へ
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ぺったん、ぺったん。
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搗き立てのお餅をちぎりちぎり。
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ちぎったお餅をきな粉、あずき、練りごま等々でいただく。青首大根で食べたお餅がすごくさっぱりしていて美味しかった。搗き立てのお餅はおいしい〜♪

今日は新得の湯浅ファームから美味しい物がやってきた。
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ジャム4種と野菜たち
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夕ごはんにはじゃがいもとにんじんのサラダをつくりました。美味しかった♪夕ごはんの後にヨーグルトにイチゴジャムを早速開けて食べてみました。おいしい〜。

美味しい物を食べて、ほこほこ、ほこほこ。
なんだかほのぼのの日々・・・・
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by osanpobiyori_momo | 2009-11-09 23:23 | 日々、徒然 | Comments(0)