おさんぽ日和

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思うこと〜つづき

今朝、北海道新聞を広げてみたら、この講演会の報告が2面に渡って掲載されていました。
まだ全部読んでいませんが、もし、北海道新聞がお手元にある方々はぜひ、お読みになってください。

つづきを書いておかなくては途切れてしまいそうなので
パネルディスカッションに入り、話しを聞く中で思った事を書いておく事にします。

立花さんのお話のなかで人口が減少する中で、危惧している事の中に、技術・科学者の減少が
あげられていました。国を運営するためのインフラに関わるいろんな技術、考えを持って携わっている人たちがただいま、240万人くらいいるそうです。
このままの減少比率でいくとあと2、30年(だったかな?)でいくと
その携わる人たちが約100万人になってしまうそうです。
そうなったら国は運営していけるのか?国は繁栄していけるのか?
先進国であり続けられるのか?・・・という事でした。

以前、そんな話しを様々な父母が集まる保育の話しのなかで
子どもが少なくなること、運営の事など話し合っていました。
そのときにでた話題が、立花さんの話しととても良く似ています。

そこには「繁栄している。先進国である。」ことが当たり前の前提として考えられているような
気がしてなりません。
もしかしたら、小さくて人口が少なくても先進国じゃなくても
幸せに暮らせるのならば、素敵な事じゃないのかな?とそのとき私は考え発言していました。

半藤さんが「人口が少なくなったらなったで、やっていけばいいんだよ。むしろ戦前の人口(7000万人)位の方がいいかもしれないねぇ〜」と江戸っこの口調で
笑いを呼んでいましたが、それを聞いてそうそう、と思った私です。
これからは、大きい事はいい事じゃなく、小さくても楽しくて幸せ・・・
それがいいな。なんて思ってしまいました。
(ただ、インフラを整備する人たちがいなくなるのはまずいのじゃないかと・・・)

そして、こうあるべきだ。という概念にとらわれていると見落としてしまうことの
危うさが話しの中に漂っていました。

あと、歴史認識の薄さ。
話しを聞いていると「くさいもにふた」「水に流して・・」というような
日本人独自の癖?のような気質が、まずいんじゃないか?というような気がしています。
戦後の教科書がどんどん削られていく中で、なにか見落としたものがあるような。
話しの中では、教わらなかった様々な事も語られていて、少々ショックでした。
ヒロシマ平和センター長の田城さんの話しの中で
広島に住む子どもたちは小さい頃から原爆に付いての授業でいやになるくらい教えられるそうです。
やがて大学に行き、広島のことを同じ日本人なのに何もしらない人たちに出会い、
その知らなさに驚きと戸惑いが起きる子たちもいると言っていました。
同じように外国に行き自分たちの国が何をしたのか知らず、びっくりされることもあるのだと
それは立花さんが話していました。

つねに自分の考えはどうなの?と聞かれて育つ外国とは違って、自分のアイディンティティーを
世間(集団)の中から教えられてきたような私たちは、世間がすでに崩壊してしまって、
個になってしまったのに個としての世間の考え方がまだない現状があるような気がします。
実に不安定でアンバランスなんじゃないかな?

この講演を聴いて、頭に浮かんだのは「知らない事の罪」です。
これはマザーテレサが言った言葉でもあるけれど、私も20代のころからずっと胸にあります。
だからといってすべての事を知る事は不可能なのですが、
自分のまわりにある事の中で、できる限り知りたいと思う事、そして学ぶ事、
謙虚であることが一番必要なのではと思いました。

思う事がたくさんありすぎて書き切れないので。とりあえずおしまい。
こんな風に思いを馳せる事のできる環境で暮らせる事にまずは感謝しつつ。
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by osanpobiyori_momo | 2009-06-10 11:22 | What's new | Comments(0)

思うこと〜過去から未来、進むべき道

ひさしぶりに投稿します。
近況はといえば、追い詰まっています。(^^;)
北海道のパン屋さんと小麦畑の本をただいま原稿を描き進めています〜。
6月にはと思っていましたがなんと(私の原稿が遅いばっかりに)
8月頭に出版の予定です。この予定を崩さないようにがんばらなくっちゃ。

なのに、今日は1日外出でした。
午前中は月に1度のコミュニティ放送局でパーソナリティの日でした。
相変わらず支離滅裂・・・とほほ。
デレィクターのOさんは「楽しかった〜〜ももさんらし〜〜♪」と楽しんでくださったので
まぁズッコケながらも、ズッコケてるのが自分ね。とよしとしよう。(笑)

午後は最近本を読んで(幕末史の著者)深く感銘??を受けた半藤一利さんの
出演する講演会に行ってきました。なんと1時からはじまり4時半に終了。
700名入る道新ホールがもう目一杯、満員。

「現代への視点2009=歴史から学び、伝えるもの」というお題で
半藤一利さん、立花隆さん、保坂正康さんの3人の講演です。
もう、聞かない手はありませんって言う感じの人たちでしょう。

3人の方々、それぞれ30分〜40分?の講演をおこない
その後に道新の論説員のかたとヒロシマ平和メディアセンター長であり中国新聞社の
田代明さんを迎えてのパネルディスカッションです。
本当は4時終了が4時半終了、でももっと聞きたかった。

内容は自分のためにもここに記録します。

3人の方々はいろいろな視点から近代史を読み解く方々です。
たくさんの本はほとんど読んだことがありません。
歴史といえば古代が大好きでいましたが、今回の講演を聴いて
この近代(明治から昭和、平成に至る)にたいへんな興味がでてきました。
半藤さんお「幕末史」を読んだ感想はHPにアップしてますがそのときの感想は
今なお幕末のままなんだと思ったと書いてあったと思います。
今回もそんな感想がやっぱりわき上がりました。

さて、人は変われる物なのでしょうか?
私の持論からいけば変われると信じています。(今も)
ただ、大きな世の流れのなかで大きく変われるほどではないのかもしれない。と。
ただ、大きく変わる転機を迎えていることは確かなのだと。
ここは、どんな1歩を踏み出すのか??

保坂氏の話しのなかでは、歴史(ここでは近代史)を客観的な視点でしっかり認識し、
次世代へ語り継ぎ教訓としよう。

半藤氏の話しのなかでは第2次世界大戦でのことを深く掘り下げ、なぜ、そんな戦争に至ったのかをその史実に基づいて認識させていただきました。
戦争とも言えない無駄に亡くなった方がこんなに多いとは知らなかった、ということがいっぱい。

ちなみに私の母方のおじいさんは最後の最後に出兵して、船が撃沈されて亡くなっています。
父は半藤さんと同じ年ですでに7年前に亡くなりましたが、終戦当時は満州にいて
関東軍が逃げたあとの引揚者を守る少年兵(当時15歳)として引き上げてきました。
父は毎日人が亡くなっていくさまをずっと見続け、
その後食糧難にあったこと、心ない農家の親戚に邪険にされた事など
(戦後の悲惨さは想像に絶すです)がつらい事としてずっと心にあったのでしょう。
晩年「米は食わない。」といい、ずっとうどんとパンを食べていました。
食糧難のときに「貧乏人は麦を食え」というようなことがあったのだと話していました。
反骨精神が旺盛だった父は「米なんか食うもんか」と思ったのだと思います。
でも、結婚して子どもが生まれるなかでちゃんとご飯も食べていた父です。
(私もちゃんとお米で育ちました)
きっと晩年になるほどにむかしの事がよみがえり、かたくななになっていたような気がします。

立花さんの話しは。経済状態の事から入り、今の現状を客観的に把握していない。
それは今の事だけじゃなく、さかのぼればずっとそうだったのではという事。
だからこそ、世界大戦が起き、だからこそ、バブルが起き、はじけ、今なぜこのようになったのか?
今後、大きな変革がないかぎり、日本という国は破綻するであろう。
(・・というかすでに破綻しています)というような、事実をふまえた
どぎまぎする内容の話しでした。

その後パネルディスカッションに移っていきました。

つづく
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by osanpobiyori_momo | 2009-06-06 23:14 | What's new | Comments(0)